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保守が守っているのは、システムではない ── 経営の手綱を手放す三つの言葉

1 時間前
読了時間: 6分

多くの会社で基幹システムの保守が守っているのは、システムでも事業でもなく、「考えなくてよい」という状態です。



「保守切れはまだ先だから」「事例はありますか」「うちは特殊なので」。基幹システムをめぐって繰り返されるこの三つの言葉は、どれも慎重で責任ある判断のように響きます。けれどその実態は、変えないという判断を「守っている」という顔で正当化しながら、経営の手綱を少しずつ手放していく過程です。手綱が渡っていく先は、五つあります。


1. 一人抜けるだけで揺らぐなら、それは保守ではない


基幹システムの保守を引き受けてほしいという相談は、運用を担ってきた社員の退職や異動、ベンダーとの契約終了をきっかけに届くことが多くあります。システムは問題なく動いているのに、人が一人動いただけで基幹が揺らぐのです。これは古いレガシーに限った話ではなく、比較的新しいクラウド型の仕組みでも同じことが起こります。会社を脆くしているのはソフトウェアの新旧ではなく、運用を組織として引き継げる形にしてきたかどうかです。 そうなっていないなら、その仕組みの手綱は会社ではなく、その一人の手のなかにあります。


経済産業省・デジタル庁・情報処理推進機構が事務局を務めた委員会の総括レポート(2025年5月、以下「モダン化委員会レポート」)によれば、企業がシステム刷新を決断する契機の上位は、障害や要員の離脱といった受動的な要因です。多くの会社は、追い込まれてからようやく動いています。


2. 「いまのシステムでは難しい」が消していくもの


思想家イヴァン・イリイチは、道具には人に力を与える段階と、逆に人から力を奪う段階があると考えました。この「二つの分水嶺」を紹介した緒方壽人氏は、後者を越えると「人間が道具を使っているようでいて、逆に人間が道具に使われている状況が生まれてしまう」と書いています(『コンヴィヴィアル・テクノロジー』P.192)。


基幹システムも導入当初は、ばらばらの業務を束ねて経営を見えるようにする道具でした。それが改修と属人化を重ねるうちに関係が反転し、現場から上がった提案が「いまのシステムでは難しい」の一言で消えていくようになります。否決されるのではなく、議題にすら上らずに消えるのです。下されなかった判断は、失敗としても記録に残りません。 このとき未来の選択肢を選んでいるのは、経営ではなくシステムの側です。緒方氏は、これからの道具は「使える」だけでなく、「つくれる」「つくりかえられる」「手放せる」ものでもあるべきだと説いています。



3. 「うちは特殊なので」は、核か、維持コストか


刷新の現場では、現行業務と新しいシステムの差分を洗い出して埋めていく、Fit & Gapという進め方がとられます。手法そのものは世界中で使われていますが、日本に固有なのは、Gapを見つけるたびに業務を見直すより先に、追加開発で埋めるほうへ流れやすい傾向です。差分を「Gap(欠落)」と呼ぶ命名には、現状の業務を正とする世界観が表れています。その穴埋めの一つひとつは、新しい道具のなかへ過去のやり方を彫り込む作業でもあります。モダン化委員会レポートの調査でも、現行システムをカスタマイズしている企業ほど、移行先でも再びカスタマイズする割合が高いことが確認されています。


マイケル・ポーター氏は「戦略の本質とは、何をやらないかという選択である」と書きました(『競争戦略論Ⅰ』P.98)。問うべきは、その特殊さが違いを生んでいる核なのか、それとも優位を生まなくなった構造の維持コストを払い続けているだけなのかです。核でないなら、それは守るものではなく手放すものです。 守られているのは競争優位ではなく、変えられなくなった過去かもしれません。


ここには、私たち導入ベンダー側の責任もあります。Fit to Standardを掲げながら、業務の意味を一件ずつ問い直すよりも、要望を聞いて追加開発の見積もりを出すという簡単な道を選び続けてきたのは、提案する側でした。


4. 「事例はありますか」が求めているのは、免責である


システム選定の場で必ず出るこの問いは、一見合理的です。けれど事例とは、他社が他社の事情のなかで過去に出した答えです。ポーター氏は、ベストプラクティスの追求がかえって企業を互いに似せていくと論じました。差別化のための投資であるはずの刷新の入り口で、他社と同じであることの証明を求めるのは倒錯しています。それでも事例が求められるのは、率直に言えば、リスクを減らすためではありません。失敗しても「あの会社もやっていた」と言えるようにするためです。自社の未来を設計しているのは、他社の過去です。 もっとも、事例の数で選ばれる市場を作ってきたのは、提案する側でもあります。


5. 「保守切れはまだ先だから」は、ベンダーのカレンダーで経営すること


サポートが切れる日は、ベンダーの都合で決まる締め切りにすぎません。それを待つことは、自社が動くタイミングをベンダーに預けることです。期限に追われて始まった刷新は、最も過去の複製に流れやすくなります。期限が迫ると、現状を洗い出して差分を埋め、とにかく動かすことが優先されるため、何を尖らせ何を手放すかを選ぶ時間が残らないからです。延命で手に入るのは、五年の猶予ではありません。五年早く着手できたはずの改革を、自ら手放しているのです。 そしてこの構図には、刷新より延命を提案するほうが確実で摩擦も少ないという理由から、ベンダーの側も加担してきました。


保守とは、止めないことではない


これは「古いものを捨てて乗り換えよ」という話ではなく、内製か外注かという話でもありません。分かれ目は、その仕組みが読めて、つくりかえられて、手放せる状態のまま、自分たちの判断の下に置かれているかどうかです。保守とは本来、止めないことではなく、この会社が何のために在り、どこで違いを作るのかという核を握り続けることです。 やり方は、その核を守るためにこそ変え続けるものです。


ホワイトペーパー全文では、ここで挙げた五つの行き先を、経営者が自社に当てはめて確かめるための「五つの問い」として巻末にまとめています。当てはまるものが多いほど、手綱はすでに手元を離れているかもしれません。


全文版では、ここから先に踏み込んでいます


  • 自社の手綱がどこへ渡っているかを確かめる「五つの問い」:本記事で挙げた五つの行き先を、自社に当てはめて点検するための問い

  • 「標準では実現できない」と言われたとき、何を確かめるべきか:選定の場で、提案を受ける側が根拠を見極めるための問い

  • 期日が分かっていても、なぜ決められないのか:予告なく訪れる「人の時限」と、先送りされる「モノの時限」は同じ根から生まれる

  • Fit to Standardは、なぜ「名前が変わっただけ」と受け取られるようになったのか:SaaSに乗ることと、標準に乗ることの違い

  • 過去を彫り込んだシステムは、AIエージェントにも読めない:これからの十年で、標準に乗ることが帯びるもう一つの意味


▼ホワイトペーパー全文をダウンロードする(無料・全16ページ)


本記事で挙げた五つの行き先を、データと文献で裏づけた全文版です。貴社に当てはめる問いとあわせて、ぜひこちらからダウンロードいただけますと幸いです。





筆者:濱浦 惇(Jun Hamaura)/ワンアイルコンサルティング株式会社 取締役

音響機器メーカーでの海外営業・商品企画を経て、大手コンサルティングファームにて戦略策定・事業変革・営業改革プロジェクトに多数従事。現職ではビジネスコンサルティング部門を率い、事業戦略とDX戦略をつなぐ構想策定フェーズの伴走を中心に、SAP S/4HANA Cloud導入プロジェクトにも携わる。


 
 
 

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