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AIは「やめる判断」を肩代わりできない──経営に最後まで残るもの

  • 2 日前
  • 読了時間: 5分

私たちは、何かを始めることには慣れている。けれど、終わらせることには驚くほど不慣れだ。


「やめることリスト」は、なぜいつも短いのか


戦略策定の現場で繰り返し見てきた風景があります。「次に何をやるか」の議論は活発で、大きな予算を伴う話ですら不思議と決まっていく。ところが「何をやめるか」の段になると、いきなり場のトーンが落ちる。誰も切り出したくない、誰も引き受けたくない──そのまま時間切れになる。


中期経営計画が、この構造を象徴しています。「やることリスト」はどの会社の中計にも並びます。新規事業、DX投資、海外展開。もちろん、撤退や縮小がまったく書かれないわけではありません。けれども「やること」の分量に比べると、「やめること」に割かれる記述は、いつも驚くほど少ない。戦略の本質が「何を加えるか」ではなく「何を引くか」にあることは、決して目新しい指摘ではありません。それでも、引く判断はいつも後回しになる。なぜでしょうか。


やめられないのは、判断力ではなく「慣性」


理由は判断力の欠如ではありません。組織が持つ「慣性(inertia)」です。過去から連綿と続いてきた営みは、それ自体が動き続ける力を持っていて、放っておけば、誰の意図とも関係なく前へ進んでいく。昨日まで勝因だったものが今日の敗因になっても、止まらない。


デジタルカメラの最初の試作機を作ったのは、ほかならぬコダック自身でした。デジタルが写真を変えることを技術的に理解していながら、フィルム事業を捨てられないまま、経営破綻に至っています。論理的に正しい撤退案が、なぜか通らない。止めるには、相当な意志の力が要るのです。


「やめられなさ」は、企業だけの病ではない


少し企業の外に目を向けてみます。日本の小学校で2年生が習う漢字に、いまも「汽」があるのはご存じでしょうか。蒸気機関車が使われていた時代の字で、現代の子どもが日常で書く機会はほとんどありません。それでもこの字は、教育漢字が改訂されるたびに、生き延びてきました。



教育漢字は1948年に881字で始まり現在は1026字。改訂は何度かありましたが、削除が行われたのは1989年の一度きり、それも10字だけ。残りはすべて追加でした。新しい字を足す合意は得やすく、既存の字を外す合意は取りにくい。市場の淘汰圧が働きにくい場所ほど、足されたものは静かに残り続けます。


企業のなかもこれとよく似ています。事業も、制度も、長年の慣行も、足されることはあっても、ひとりでには減らされていかない。しかもAIは、先に見たとおりこの傾向に拍車をかける。放っておけば、組織は誰の意図とも関係なく膨らみ続けます。その流れを断ち切れるのは、外からの淘汰ではなく、内側からの判断のみです。


最後まで人間に残るのは「活動(Action)」


では、その判断は誰が引き受けるのか。政治哲学者ハンナ・アレントは、人間の営みを労働・仕事・活動の三つに分けました。AIはいま、労働だけでなく、提案書づくりやKPI設計といった「仕事」の領域にも手を伸ばしています。それでも最後に残るのが「活動(Action)」──新しい何かを始め、あるいは終わらせ、その帰結を引き受ける営みです。


活動とは、慣性に抗う行為にほかなりません。動いているものを止め、止まっているものを動かす、その最初の一押し。AIは与えられた方向の中で力を増幅できても、どちらに向かって最初の力を加えるかは、決められない。しかもAIは無数の選択肢を差し出してくれるように見えて、その実、最も無難な答え──いわば平均値を、もっともらしく量産し続ける機械でもあります。だからこそ最後にものを言うのは、その平均のなかから「何をやめ、何を始めるか」を嗅ぎ分ける嗅覚であり、それを意志として選び取る力であり、決めた以上は帰結を引き受ける誠実さなのだと思います。


「何を終わらせるか」は、その会社にしか答えられない


何を成功と呼ぶかを定めるのは、知性でも計算でもなく意志です。「どうすれば成功できるか」の汎用解なら、AIはいくらでも生成します。けれども「この会社にとって何が成功か」は、固有の歴史と価値観の中にしかない。100の会社があれば、100通りの成功の定義がある。


だからこそ、終わらせる判断を最後に引き受けるのはいつもその会社自身です。そしてAIが速く回るほど、その判断の重みは減るどころかむしろ増していく。何を終わらせ、何を残すか──その一点だけは、誰にも明け渡すことができません。




ホワイトペーパー全編では、たとえばこんな問いに踏み込んでいます


  • 歴史に名を残す経営者は、何を始めたかではなく、何を「捨てた」かで記憶されている──ジョブズ、織田信長、星野リゾートの共通点

  • 論理的に正しい撤退案ほど、なぜ会議で潰れてしまうのか ──『失敗の本質』と『「空気」の研究』が描いた組織の病理

  • ドラッカーも、コリンズも、冨山和彦も、皆がそろって「足し算」より「引き算」を説いてきた理由

  • ERP導入は本当は「システムの話」ではない。Fit-to-Standardの現場で、ほんとうに交わされている対話とは

  • 何でも自動化できる時代に、暴走にブレーキをかけられる組織は何が違うのか ──「制御可能性」という考え方



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筆者:濱浦 惇(Jun Hamaura)/ワンアイルコンサルティング株式会社 取締役

音響機器メーカーでの海外営業・商品企画を経て、大手コンサルティングファームにて戦略策定・事業変革・営業改革プロジェクトに多数従事。現職ではビジネスコンサルティング部門を率い、事業戦略とDX戦略をつなぐ構想策定フェーズの伴走を中心に、SAP S/4HANA Cloud導入プロジェクトにも携わる。


 
 
 

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