【ERP導入ノウハウ】グローバルロールアウト:結局は人(根回しと期待値設計)
- JH
- 1 日前
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【第3部】5章:スコアでは測れない成功要因(根回し、期待値設計、関係づくり)
前回(第2部)までで、スコアカードとマッピングにより「どの拠点から、どの順番で進めるべきか」を整理しました。ここまでで、ロングリストをショートリストに落とし込み、展開順序の合理性も語れる状態になっています。
ただし、ここで終わると「正しい順番が決まったので、あとは実行するだけ」という誤解が生まれがちです。現実には、プロジェクトをやるのも人であり、導入後に業務運用を担うのも人です。つまり、合理性(スコア)を“実行可能性”に変換する工程が必要になります。
本稿(第3部)では、まさにこの「結局は人」という論点に焦点を当て、グローバルロールアウトを“動くプロジェクト”にするための要点を整理します。
5. スコアで絞っても、最後は人が動かす
スコアカードは、拠点選定を客観化し、議論を前に進めるうえで非常に有効です。一方で、スコアで絞り込めるのは「候補の合理性」までであり、“その拠点が動けるか/動きたいか”は別問題です。
特にグローバルロールアウトは、ステークホルダーが多く、文化も背景も異なります。だからこそ、プロジェクトの序盤で次のような状態に陥ると一気に失速します。
Kickoffで初めて本格説明をして合意を取りに行く(=合意形成の工程が後ろ倒し)
「本社が決めた」「やらされている」という空気が先に立つ
期待値が必要以上に上がり、後から現実とのギャップが不満に変わる
立ち上げに時間をかけすぎて、改善のサイクルに入れない
逆に言えば、最初に“人の設計”を間違えなければ、完璧な条件が揃っていない拠点でも、強いモデル拠点になり得ます。
5.1 Kickoffは「合意形成の場」ではなく「合意済みで走り出す場」
よくある失敗は、Kickoffを“合意形成の場”と捉えてしまうことです。多くの場合、Kickoffは合意を取る場ではなく、合意が済んだ前提で走り出す場にするべきです。
そのために必要なのは、Kickoff前に以下の“メタ合意”を取り切っておくことです。
目的の合意:なぜ今やるのか(=何を守り、何を変えるのか)
範囲の合意:最初から完璧を目指さない(段階的に改善する)
役割の合意:誰が意思決定し、誰が実務を担うのか
期待値の合意:何ができるようになり、何は後段で改善するのか
特にグローバルでは「言った/言わない」「理解したつもり」が起きやすいため、序盤での合意形成の精度が、その後の速度を決めます。
5.2 リージョントップへの根回しは“相手のタイプ”で設計する
過去の経験上、リージョントップへのアプローチは、相手がどのタイプかによって効き方が大きく変わります。
ケースA:HQとの距離が近いトップ(トップダウンが効きやすい)
意思決定は速い一方で、現場が置いてけぼりになりやすい。
この場合は「現場の負荷」「権限」「評価」を先に整理し、“現場が安心して参加できる条件”を整えることが重要です。
ケースB:HQとの距離があるトップ(ボトムアップの丁寧さが必要)
“本社都合の押し付け”に見えた瞬間に温度感が下がる。
この場合は「自拠点にとっての意味」「自拠点のメリット」を言語化し、納得感を積み上げることが重要です。
いずれのケースでも共通するのは、「何を入れるか」より先に、“なぜ今やるのか”のストーリーを握ることです。ここが曖昧だと、要件定義フェーズで必ずブレます。
5.3 現地で顔を合わせた対話が、プロジェクトの“空気”を変える
オンライン中心で進めると、議論は合理的に進むように見えます。しかし関係性は平面的になりがちで、「本社が決めた」「やらされている」という空気が生まれると、協力は得られても主体性は出ません。
だからこそ、少なくとも以下のタイミングでは、可能な限り現地での対話を推奨します。
Kickoff、Steering Committeeなど、重要会議は現地参加を検討する
現地のKey Userや業務責任者と個別に会い、懸念や抵抗ポイントを先に拾う
非公式な会話(ランチ、コーヒーチャット)で、心理的距離を縮める
制度や資料ではなく、「この人たちとなら進められる」という信頼が、プロジェクトを前に進める最大の燃料になります。
5.4 Key Userは“兼務”が前提。だからこそ最初に報いる設計が必要
Key Userの負荷は、必ず上がります。定常業務が忙しい中でプロジェクトに時間を割く以上、最初から「参加して良かった」と思える構造を設計しておくべきです。
ここで重要なのは、インセンティブを金銭に限定しないことです。現場に刺さりやすいのは、例えば以下です。
プロジェクト後の役割(プロセスオーナー、CoE、改善推進者等)を明確にする
評価への反映(“見える”形にする)
早期に体感できる改善(Quick Win)を用意する
「この経験がキャリアになる」ことを言語化する
グローバルロールアウトは、導入して終わりではなく、運用し続けて改善を回す取り組みです。運用の中核を担うKey Userを「最初から仲間にする」設計ができるかどうかが、その後の横展開の速度を左右します。
5.5 期待値を上げすぎない。“少し上回る”を積み重ねる
多くのプロジェクトがつまずくのは、技術や要件ではなく、期待値と現実のギャップです。グローバルロールアウトでは特に、関係者が多い分、期待値の伝播が増幅しやすい。
ここで大切なのは、決して人をだますことではありません。むしろ逆で、DX改革はあくまで手段であり、ERP導入は経営基盤の整備です。基盤が整って初めて打てる施策が増える以上、過剰な幻想を与えるより、
まずは到達可能な範囲で立ち上げる
その上で改善を回し、価値を積み上げる
という姿勢が、結果として最短距離になります。
人は「期待値を少しでも上回った」ときに満足し、協力が継続します。したがって、プロジェクト序盤こそ、期待値の設計=プロジェクト設計だと捉えるべきです。
5.6 MVS (Minimum Viable Scope) を前提にアジャイルで
ロールアウトが長引くほど、ステークホルダーの人数は増え、論点も増え、摩擦も増えます。だからこそ、最初から完璧を目指すよりも、
速やかに
コンパクトに
使いながら改善する(継続改善)
という進め方が有効です。
もちろん、グローバルロールアウトでは統制も必要であり、やみくもに小さく始めれば良いわけではありません。ただ、テンプレートアプローチの本質は「最初のテンプレートを資産化し、横展開の再現性を上げる」ことです。最初の一歩を遅らせるより、必要十分な範囲で早く立ち上げ、改善サイクルに入る方が、結果として品質も定着も上がりやすくなります。

Closing - まとめ:合理性(スコア)×ストーリー(順番)×実行可能性(人)
本シリーズでは、以下の流れで「グローバルロールアウトのストーリー」を整理してきました。
第1部:テンプレート前提のロールアウトと、モデル拠点の選び方(スコアカード)
第2部:マッピング結果から展開順序の期待効果と難度を読み解く(順番の設計)
第3部:スコアでは測れない成功要因(根回し、期待値設計、関係づくり)
結局のところ、ロールアウトの設計は「正しい答えを出すこと」ではなく、正しい答えを“実行可能な形”に変換することです。スコアで合理性を担保し、順番でストーリーを描き、人の設計で実行可能性を作る。この三位一体で初めて、テンプレートアプローチは機能します。
もし今、グローバルロールアウトの“最初の一手”に悩んでいる方がいれば、本シリーズが検討の補助線になれば幸いです。






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